Hikaru
癒し系だけど男前、両極のパワーを併せ持つヒーラー&ダンサー。
「人はいつからでも輝ける」
あなたの人生を時に優しく、時に力強く、後押しします。
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幼少期よりバレエとジャズを、30代よりベリーダンスを学ぶ。また形而上学やヒーリングの学びを経て、ヒーラー兼ダンサーとして、ヒーリングイベントや地域のマルシェ、盆踊りイベントなど様々な場で、観て下さる方へ癒しや元気を届ける踊り手を目指し活動中。
私がヒーリングというものを知ったのは大学3年生の時でした。当時、大学の授業とダンスのレッスンでハードな生活をしていて、時々マッサージを受けに行っていた私は、サロン検索サイトでたまたまヒーリングサロンの取材記事を読み、目に見えない領域をケアするヒーリングというものを知りました。
「オーラ?チャクラ?何それ面白そう!」という興味本位からセッションを受けたのですが、特に大きな悩みもなく生きていた私でも子供の頃に傷ついたことがあったのを思い出し、それが癒されていくのを感じて涙が出ました。セッションが終わった後は身も心も軽くなって、根拠もなく「私はたくさんの見えない存在達に守られているんだ」という幸福感でいっぱいになったのを覚えています。
そして約1年後、初めてDNAアクティベーションを受けた直後から「ヒーラーになりたい!」と強く思うようになりました。それまで大学で音楽療法を学んでいたので、児童施設に就職しようと思い、保育士の通信講座を申し込んだばかりだったのですが、「もうこれは使わないな」と考え、取り寄せたばかりの教材を捨ててしまうほどの勢いでした(笑)。
そして親の反対を押し切り、アルバイトをしながらヒーリングを学ぶ生活を開始。形而上学を伝えるロッキーマウンテンミステリースクール(現在はモダンミステリースクール)でDNAアクティベーションを学べると知り、受講料を貯めるため、よりお給料の高いコールセンターで働き始め、約一年後、晴れてティーチャー(現在のヒーラー)となりました。当時の私は家の電話にも絶対に出ないほど電話が苦手だったのですが、やりたい事のために苦手なものにも挑戦できるくらい、DNAアクティベーションには人を後押しするパワーがあるのだと、今になって実感しています。
その後、職場で責任のある立場となり、会社優先の生活となってしまい、一度は形而上学の世界から離れてしまったのですが、約15年経ち、自分にとって真の喜びのひとつがヒーリングなのだと再認識し、2022年にヒーラーとして復帰しました。
そして、もうひとつの真の喜びであるダンスも、再び形而上学を学んでいくうちに、様々なイベント等で踊り、たくさんの方々に喜んでいただけるようになってきました。
自分にとって真の喜びが何かを知り、それを実現していける事は、こんなにもワクワクし、そして幸福を感じられる事なのだなと実感しています。
あなたも、本当の自分を取り戻し、今よりもっとワクワク・活き活きとした人生を送りませんか。お会いできることを楽しみにお待ちしています。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。